部活動

鉄道研究部

土曜日の放課後や休日を利用して、鉄道のイベント、鉄道会社の車両基地、車両工場、検車区などを取材しています。イベントで見学したこと、鉄道会社で取材したことを詳しくまとめ、学園祭で展示発表しています。
鉄道研究部公式HP http://www7b.biglobe.ne.jp/~suzuki3309/

部活動・委員会一覧
2018-01-13

2018年1月13(土)
3学期を迎えました。今年も、鉄道研究部は、図書室より少し古くなった鉄道雑誌と時刻表をいただきました。早速、鉄研部室へ持って行き、本棚に並べました。部室は、いつの間にか鉄道雑誌、時刻表、鉄道会社からいただいた資料、鉄研部で作った年間活動報告集、鉄道模型などでいっぱいになってきました。今年は、荷物を整理し、部室を綺麗に使いましょう。

2017-12-31

2017年12月31日(日)

ホテルルートインGrand上田駅前…上田駅−(しなの鉄道)−軽井沢駅−(タクシー)−熊ノ平駅跡…(アプトの道)…横川駅―(信越本線)−高崎駅―(湘南新宿ライン)―新宿駅・解散

本日は、横川駅―軽井沢駅間にある、アプトの道を散策しました。上田駅から、しなの鉄道に乗り、浅間山の景色を眺めながら小諸駅へ行きました。小諸駅で、小海線で運用されているハイブリッド車両を撮影し、湘南色の電車に乗り換えました。軽井沢駅からタクシーで熊ノ平駅跡へ行きました。そこから、かつての横軽区間、アプト式路線跡の遊歩道を横川駅まで歩きました。熊ノ平駅跡には、旧アプト線跡と信越本線跡がありました。架線柱に野生の猿がいて、部員たちがたじろぎました。野生の猿は何もせず、優雅に座っていたので、その下を潜って、アプトの道のトンネルに向かいました。部員たちは、煉瓦で積まれたトンネルやめがね橋などを見学し、大いに盛り上がりました。とうげの湯駅で一休みしました。明治44年に建設された旧丸山変電所を見学し、旧信越本線戦に沿って、碓氷峠鉄道文化むらまで下りました。それでは、良いお年を。

高1D ナベ 横軽区間
横軽とはJR東日本信越本線にかつて存在した一部区間の通称である。群馬県と長野県の県境にある碓氷峠を超える区間の事である。高崎〜長野〜直江津〜新潟間を結んでいた信越本線の最後に開業した区間であり当時は上越線も開業していなかった為、東京・新潟、北陸へ向かうメインルートだった。国鉄最大の急勾配があった為アプト式という特殊な方法が用いられていた。

2017-12-30

2017年12月30日(土)

高尾駅―(中央本線)―甲府駅―(中央本線)―松本駅―(篠ノ井線)―篠ノ井駅―(信越本線)―長野駅―(信越本線)―安茂里駅・信越本線・しなの鉄道撮影―(信越本線)―長野駅―(信越本線・しなの鉄道快速)―上田駅…ホテルルートインGrand上田駅前

鉄道研究部は、2017年の最後に冬期合宿として信州へ行き、しなの鉄道を撮影しました。朝、高尾駅に集合し、中央本線に乗り、長野を目指しました。帰省ラッシュで新宿駅や東京駅が混雑していると話題になっていましたが、下り普通電車がすいていたので、私たちは富士山、甲斐駒ケ岳、八ヶ岳、諏訪湖などの景色を眺めながら、のんびり電車を乗り継いで、甲府駅、松本駅へ向かいました。松本駅で昼食を食べ、篠ノ井線に乗りました。途中、姥捨駅から、雪が積もり白くなった長野盆地の絶景を眺めました。篠ノ井駅、長野駅や安茂里駅近くで、信越本線を行き来するJRやしなの鉄道の電車を撮影しました。名古屋駅と長野駅を行き来する特急「しなの」、横須賀色や湘南色に塗装された、しなの鉄道の懐かしのカラー車両も撮影できました。

中2A ショー 湘南色
湘南色の始まりは、かつて東海道本線を走っていて、それは80系まであった。同系列は、1950年当初から黄かん色 緑2号の塗り分けで 運行開始した 。それ以前は 、国鉄旅客車両の 塗装が客車も「ぶどう色」となった 。初期の湘南色では、目立色・識別容易であるということからオレンジ色と目立たない濃い緑色が使われた。しかし、オレンジ色は「錆止め塗料か」と批判があり、オレンジ色に変更された、それ以来 JR東海では「黄かん色」「緑2号」が使用されることとなった。その後、国鉄は湘南色を 直流電化区の近郊型と急行型の車両正式色とし地域関係なく広まった。東海では、80系をはじめとし 80系クハ85形、111系、113系、115系、 153系、155系、165系、185系、OM3編成、211系、E217系、E231系、 E205系、600番台、E233系、3000番台、キハ11形、キハ40形、などの車両に使われている その中でも E205系 E211系、E217系、E231系、E233系では 窓下やドア などに湘南色をイメージした テープを 貼付 をしてある。

高2C ヨッスィー コカ・コーララッピングについて
「コカ・コーラ」レッドカラー塗装は昭和62年のJR発足と共に誕生した全国初のフルラッピング電車である。長野地区の115系1編成に塗装変更が施され、車内にコカ・コーラ社の自動販売機が設置されたこともあり人気を博したが、約4年の運行を経て終了した。しなの鉄道では信州デスティネーションキャンペーンの一環の115系復刻塗装化の一部としてクラウドファンディングを活用し、このコカ・コーラ電車を復活させようというプロジェクトをスタートさせ、2ヶ月で目標の290万円を大きくこえる約396万円を集めることに成功した。現在、当該のS11編成をコカ・コーラ電車にすべく準備が進んでいるものとみられる。幻のコカ・コーラ電車が見られる日も近いのでこれからのしなの鉄道からは目を離せない。

高2A ハヤト 長野色
1963年より111、113系の山岳路線用車両として大量に製造された国鉄115系電車は従来、オレンジと緑色を纏った所謂「湘南色」、クリーム色と紺色を纏った所謂「スカ色」を中心に製造されました。しかし1987年、国鉄が民営化しJRとなって以降は地域ごとに独特の塗装を纏う車両が増え、長野支社もまた例外ではありませんでした。長野支社は当初、アイボリーホワイトをベースに、さわやかな山をイメージした緑、紅葉と県民の暖かさをイメージした赤の2色を纏っており、今の「初代長野色」と呼ばれる塗装でしたが、1998年の長野オリンピックの開催に向けて、塗装変更して10年足らずの1993年以降、アルパインブルーとリフレッシンググリーンの2色に再変更されました。この色は現在「長野色」と呼ばれる他、初代長野色と区別するため「新長野色」や「信州色」、「新信州色」などと呼ばれています。115系と169系から始まったこの長野色の塗装ですが既に169系は全廃、115系もしなの鉄道のS15編成3両1本が残すのみで、中央東線を中心に走る211系や篠ノ井線、大糸線を走るE127系100番台にその塗装が継承されています。

2017-11-05

2017年11月4日(土)
オープンキャンパスを開催しました。鉄道研究部も部活体験会場を設営しました。オープンキャンパス当日、鉄道研究部員も朝早めに集合し、鉄道模型のレイアウトに電車を並べ、路面電車のレイアウトにバスを並べ、パソコンを用意し鉄道クイズの準備をしました。
大勢の小学生を招き、2つのグループに分け、鉄道模型の運転会と鉄道クイズを交互に行いました。最後に、鉄道研究部の活動報告集を手渡しました。来年度より、日本学園に入学していただき、一緒に鉄道研究部の活動を出来れば何よりです。
オープンキャンパスが終わってから、個人の鉄道模型を並べ、暫くの間遊びました。皆、夢中で電車を走らせ続けました。最後に、サッと後片付けをし、冬合宿の打ち合わせをし、解散しました。今日一日、楽しく過ごしました。

2017-11-02

2017年11月2日(木)

11月4日(土)にオープンキャンパスが開催されます。小学生たちを招いて、日本学園の授業や部活動を体験していただく日です。鉄道研究部も、部活動体験を実施します。明日は、11月3日、文化の日です。そこで、本日の放課後に、鉄道研究部の部活動体験会場を設営しました。授業が終わってから、会場となる高3B組教室を預かり、早速今年度の日学祭で作った展示会場を再現しました。日学祭で作った展示物を鉄研部室から展示会場に運び、サッと展示しました。部員たちは、日学祭で一度やった手順なので、手早く教室の壁や窓に鉄研の1年間の活動を紹介する模造紙を貼り巡らし、教室の真ん中に鉄道模型を設営しました。明日の文化の日には鉄道模型の試運転をして、オープンキャンパスの日には小学生たちと鉄道模型を走らせたり、鉄道クイズをしようと計画しています。実は、今の鉄研部員の何人かも、小学生の時に日本学園のオープンキャンパスに来ています。鉄研部員一同、大勢の小学生たちを招いて、楽しい一時を過ごしたいと願っています。鉄道に興味のある小学生の皆さん、是非、日本学園鉄道研究部へお越し下さい。

2017-10-08

2017年10月8日(日)

浜松町駅―(東京モノレール)―昭和島駅…東京モノレール車両基地・見学…昭和島駅―(東京モノレール)―
―羽田空港第2ビル駅…羽田空港散策・解散

本日、鉄道研究部は、東京モノレール沿線お散歩1dayパスを利用して、昭和島駅にある東京モノレール車両基地で開催された「東京モノレール祭り」を見学しました。
東京モノレールは、1964年に開業しました。東京都内で東京国際空港(羽田空港)アクセスモノレール路線「東京モノレール羽田空港線」を経営する鉄道会社で、今はJR東日本グループの一つです。
昭和島駅は、昭和島車両基地への職員の通勤利用のため一部の列車が停車するのみでした。1985年2月に乗務区などの現業部門を浜松町から昭和島車両基地へ集約し、基地周辺に工場利用者などの利便促進もかねて設置されました。島式ホーム2面4線を有する地上駅で、東京モノレールの車両基地が併設されています。
開業時は相対式ホーム2面2線の駅でした。2007年3月18日のダイヤ改正で快速が増発され、「空港快速」と「区間快速」に変更されたのに伴い、待避線の使用が開始され、現在の島式ホーム2面4線のホームになりました。主に空港快速が普通を追い抜くのに使用されています。かつて、東京モノレール羽田線(当時)で快速が設定される以前に昭和島駅を通過する普通がありましたが、天王洲アイル駅が開業した1992年6月のダイヤ改正で全列車(当時は普通列車のみ運行)が停車するようになりました。
私達は東京モノレール車両基地に入ると、まず整備工場へ行き、ヘルメットをかぶり、整備中の2000形電車の床下危機を見学しました。SIV静止形インバータ、砂撒器、揺れ枕、断流器、中心ピン、元空気溜など、各装置の役割について解説されていました。次に台車、走行輪や案内輪、台車の部品など、モノレールの台車の仕組みについて見学しました。
次に車両基地を見学しました。電力貯蔵装置の解説コーナーでは、実際に架線から電気を受けてモノレールが走る様に改造されたプラレールが走っていました。部員たちは、その仕組みに興味を持ちました。その隣では、運転士適正検査が行われていました。鉄研部員たちも、即座に色に反応してスイッチを押すテストや、時計を見ずに時間を図るテストに挑戦しました。最後に、昭和島駅ホームから、モノレールの転轍機や各車両を撮影してから、東京モノレールに乗って、羽田空港へ行きました。
昭和島駅を出発すると、直ぐに東京湾を埋め立て作られた羽田空港が視界に広がりました。広大な敷地に、滑走路、格納庫や整備場が点々を見渡せました。東京国際空港は、東京都大田区羽田空港にある日本最大の空港です。通称は羽田空港です。1931年に「東京飛行場」として正式開港以来、現在では羽田空港は世界の空港の中で5番目に旅客数の多い空港といわれています。日本航空と全日本空輸、スカイマークの国内線ハブ空港です。年間の航空機発着回数は約38万4000回、航空旅客数は約6670万人で、それぞれ国内最大。航空貨物取扱量は約84.4万トンで国内第2位。定期乗り入れ航空会社以外のチャーター便やビジネスジェットの乗り入れも行われています。
羽田空港についてから、昼食を食べ、展望デッキで、滑走路を離陸、着陸する飛行機を眺めました。多くの旅客で賑わっていました。最後に第一国内ターミナル、第二国内ターミナル、国際ターミナルを往来するバスを撮影してから解散しました。

2017-10-04

2017年10月3日(火)

横浜駅―(横浜市営バス)―滝頭…横浜市電保存館・見学…滝頭―(横浜市営バス)―横浜スタジアム…横浜中華街・昼食…みなとが見える丘公園…外人墓地…横浜埠頭…日本郵船氷川丸・見学…山下公園…元町・中華街駅・解散

本日は、日学祭の代休です。無事に日学祭を終え、横浜を散策しました。まず、横浜市営バスに乗り、横浜市電保存館へ行きました。横浜市電は、1904年から1972年まで横浜市民の足として活躍しました。横浜市電保存館は、1973年に滝頭車両工場跡地に開館し、その後、1983年には、現在の市営住宅1階に建て直されました。館内には、7両の市電車両、停留所標識、敷石が当時の姿で保存されています。歴史展示コーナーでは、「横浜の発展と交通」をテーマとして、横浜の発展の礎となった吉田新田の干拓から、横浜開港、関東大震災、戦後の復興、横浜市電の最盛期を経て廃止に至る経過、その後の横浜の都市経過の基となる6大事業や地下鉄への移行などについて解説されています。 部員たちは、500型、1000型、1100型、1300型、1600型、1500型、無蓋貨車を次々と撮影した後、多目的コーナーで市電シミュレーターをやりました。
横浜市電保存館を見学した後、横浜市営バスに乗って中華街へ行きました。中が街で中華料理を食べた後、港が見える丘公園、外人墓地や洋館を見学しました。
最後に、山下公園まで歩き、日本郵船氷川丸を見学しました。氷川丸は、1930年にシアトル航路用に建造された貨客船です。1920年頃より、欧米が投入した大型船に対抗して、当時の最新鋭の船として竣工しました。戦時中は海軍特設病院となり、敗戦まで3回も触雷しましたが沈没を免れ、戦後は貨客船となり、1953年にシアトル航路に復帰しました。船齢30年に達し第一線を退くまでに、太平洋横断254回、船客数は25000余名と活躍しました。1960年に引退した後、1961年より山下公園の前に係留保存され多くの人々に親しまれてきました。部員たちは、一等食堂、一等読書室、一等社交室、一等喫煙室、一等客室、一等特別室などを見学し、レトロで豪華な造りに感激しました。船長室、操舵室、機関室などを興味深く見て回っているうちに、閉館時間となりました。氷川丸から出ると、もう夕方になっていました。今日1日楽しく過ごしました。

2017-10-02

2017年10月2日(月)

昨日、日学祭が終わりました。多くのお客様に来校していただき、最後に中庭お祭り広場で行われたフィナーレが、凄く盛り上がりました。鉄道研究部の展示会場も、大勢の方々に見学していただきました。教室の真ん中に設営した鉄道模型が大盛況で、大勢の子ども達が遊んでくれました。日学祭に参加した甲斐がありました。
今日は日学祭翌日、9時より一斉片付けの日です。鉄道研究部員一同、クラス企画のチーフや日学祭実行委員なので、クラス展示の片付けが終わってから、鉄建会場を片付けようと約束をしていました。9時30分を過ぎた頃こら、クラスの仕事を片付けた部員達、日学祭実行委員の部員達も仕事の合間をぬって、次々と鉄研会場に集結しました。先に、模造紙を貼り巡らした薄いベニヤ板、次に鉄道模型のレイアウトを乗せた厚いベニヤ板を鉄建部室の奥の棚にのせ、鉄研部室を整理しました。そして、1年間の部活動をまとめた模造紙をしまい、その後次々と鉄道模型や展示物を部室に整理しながら運び込みました。
最後に教室を清掃し、机、椅子を綺麗に並べ、鉄研展示会場として預かっていた高校2年D組担任の先生に教室を引き渡し、無事に学園祭終了となりました。今年も忙しい日学祭でしたが、部員達は楽しく取り組めたようです。「うひゃ〜。また明日から授業だよ〜。」とか言いながら、部員達が通常授業へ向けて帰って行きました。

2017-09-30

2017年9月30日(土)

本日は日学祭、日本学園の学園祭初日です。鉄道研究部も展示会場を設営し、1年間の鉄道研究部の活動について展示をしました。教室の真ん中に、鉄道模型、Nゲージのレイアウトを設営しました。8系統の線路を組み、その中の6系統の線路を走る電車を、同時に6人のお客さんに運転していただくようにしました。これが好評を博し、大勢の子供たち、小学生が遊びに来てくれました。保護者の方々は、模造紙に描かれた1年間の活動を熱心に見て下さりました。部員たちは、クラス企画や日学祭実行委員の仕事に東奔西走していましたが、時間を見つけては、鉄研展示会場に駆け付け、お客さんに展示の案内をしていました。明日も、大勢の子供たちが鉄研展示会場に来て下さるよう願い込めて、線路の上に電車を並べ解散しました。

2017-09-29

2017年9月29日(金)

9月30日(土)、10月1日(日)は、日学祭。日本学園の学園祭です。鉄道研究部の部員達も、この日のために、1年間の活動、車両工場で取材したことや鉄道イベントで見学したことについてまとめました。鉄道研究部員一同、多くのお客様を招いて、子ども達、小学生や中学生達と一緒に鉄道模型を走らせて遊ぶのを楽しみにしています。が、主力の高校3年生は、日学祭実行委員、他の部員達は中学企画やクラス企画の展示に大忙し。明日の鉄研展示、本当に大丈夫か? いや、みんなで力を合わせて乗り切ろう!