にちがくの教職員によるリレートーク
~学校生活、そして日常を語り繋ぎます~
――先生、夏休みに論文指導をお願いします。
なんだか久しぶりに聞いた感じの声だ。声の主は、中学で3年間担任をしたA君だった。
――この夏にちょっと難関大学の論文試験を受けるチャンスをもらいまして・・・なかなかこれが題材からして手ごわいのですが、アドバイスをいただけますか、とその声は続く。夏休みに入る前、自宅で受けた携帯電話でのやりとりである。
もちろん、二つ返事で引き受けたが、その後の夏休みに無限に続かのような「対話」→「論文」→「対話」→「論文」・・・の繰り返し、論文はテーマにすぐに向かうのではなく、(もちろんテーマを頭に置きながらだが)まず自分を掘りさげるところから始めなければならない。問題は、自分の学力を含めた「人間力」なのだ。それが論文に滲みだす。これが論文のいのちだと言える。このようにして書かれた論文は、きっと人を魅了する力が宿る。また、いかなる面接にもひるまず答えることができるはずだ。
与えられた論文のテーマなどは、実はその入口にすぎない。そういったことは、一定の学力があれば、いろいろな本を読んで調査し、一定の知識を得、またそれを整理することもできる。彼は、中高一貫のプログラム「創発学」でそのような訓練は、十分に積んできている。いくつかのアドバイスをすれば、そういったことはやってのけることはできる。
だが、一番の重要なのは自分を掘り下げて、その論文のテーマと自分との関係性を本人がつかむことだと思う。そして、目指す大学の学部で自己実現するための力を身につける見通しが立つことだと思う。
まだしばらくは続く二人の対話の中から、彼の未来を照らす可能性の光がきっと見出せるはずだと私は確信している。
「竹のように、節目、節目がしっかりしていれば、中身がみっちり詰まっていなくても、ある程度まっすぐ丈夫に育つことができる」
「生きていくうえで、何かの節目ごとにしっかり気持ちを切り替えていけば、必ず目標は達成できる」
高校生時代、恩師に言われた言葉です。
さて、夏休みも終わり九月に入り、二学期という新たなステージを迎えたわけですが、気持ちの切り替えには成功したでしょうか?
二学期は、一学期の続きであり、新たな学期の始まりでもあります。一学期でうまくいった人も、そうでない人も、気持ちを新たにし、前進していってほしいと思います。
特に、学習面では、宿題への取り組み方によって、大きく差がついているはずです。最初の授業で、自分の進度を確かめましょう。
竹は、力を加えればよく曲がりますが、めったなことでは折れません。折れない人になってください。
ちなみに、件の言葉の後にはこう続くわけですが、これは蛇足。
「お前たちはどうせ365日ずっと集中し続けることなんてできないんだから、せめて節目くらいは…」
辛口の先生でした。
この夏は柔道部顧問として、本当に忙しい夏だった。
7月21日から24日に福岡で開催された金鷲旗大会、7月27日28日には全国中学生柔道大会東京都予選会、29日から8月2日まで長野県飯山市にて中高合同の合宿、8月6日から10日まで沖縄でインターハイ、9日から11日まで中学関東大会、28日29日が東京武道館においてジュニアスポーツアジア交流大会が行われた。
結果は、金鷲旗大会は最終日まで残ったが、愛知の大成高校に惜敗。全中東京予選会は団体2位。個人でも3人が関東大会に駒を進めた。インターハイは、全国100kg級で2位。中学関東大会は団体で3位。個人では73kg級で優勝。ジュニアスポーツアジア交流大会は90kg級で優勝。どの大会も、素晴らしい成績を子供達は残してくれた。
この夏は、顧問としては忙しい毎日であったが、同時に充実した日々であった。さらに秋につなげて、より一層がんばりたい。
※写真は、この夏の賞状の数々です。

安部公房『砂の女』
八月の酷暑の最中、ある男が失踪する。休暇を利用して汽車で半日ばかりの海岸に出かけたきり、消息を絶ったのだが、実は砂丘に生息するハンミョウ類のハエの採集が目的だった。行き着いた砂丘はさながら蟻地獄のような形状を呈し、男はその蟻地獄のひとつに埋もれようとする民家で一人の女と生活をともにする羽目になるが・・・
何カ国語にも翻訳された、よく知られた小説だ。安部公房は若い頃、戦後の混乱した中国大陸から命からがら脱出した経験をもつ。作品の基調である脱出劇の寓話性や、行き場のない故郷喪失のテーマが、安部のそうした体験を色濃く反映していることはよく言われるところである。
今の特に若いひとたちが、この小説を読んでどう感じるだろうか。興味のあるところだ。砂塵のごとき熱気をはらみ、安部独特の観念が湿潤を帯びて粘着性をもつ。そんなスタイルでこの本は書かれている。おそらく容易には読み進めることはできないだろう。携帯小説やライトノベルとは訳が違う。
劇作家でもあった安部はストーリーテラーとしての天賦も備えていたようだ。「砂の女」を最終章まで読み進めてみるといい。そこにある寂寥感(僕の勝手な感想)は果たして、この国の風土そのものなのか、何か普遍性をもつのか、それとも・・・
多忙なひとたちが読んで利益を受ける本とは言い難いけれど、たまにはこんな異質なものを摂取してみてもいいかもしれません。

日高敏隆著『セミたちと温暖化』新潮社
この本は実は3年前に読んだのだが、今夏の「猛暑」と題名の「温暖化」をかけて、あらためて読み直してみた。
ちなみに著者の日高敏隆氏は日本の動物行動学のパイオニアとも言える人物である。私は高校生の時に日高氏の「利己としての死」を読み、動物の生から死に至るまでの行動は、単なる子孫繁栄のための自己犠牲的な行動ではなく、利己的な行動がからんでいるとしか考えられない例が多々あるという展開と内容にとても新鮮さを感じた。その日高氏が昨年亡くなられたのは大変残念なことである。
前置きはこのくらいにして、この本はエッセイ集である。タイトルとなっている「セミたちと温暖化」はその年の気候や地域によって、セミの鳴き方が全然違っているとことを著者なりに解釈している。
日本国内という狭い地域で比べても、ヨーロッパとアジアのように広い地域で比べても、生き物たちの出現の仕方は年によって異なるという。その原因は色々と考えられるのだが、いずれにせよ生き物たちは私たちが考えている以上にとても敏感であることを著者が分かりやすく説いている。
この本はタイトルから「こてこての理科系の読み物」と思われる人たちも多いだろう。しかし、そうではない。著者が住む京都の洛北の自然の話は随所に出てきて、読者を洛北の里山の中に引き込んでくれる。また、若かりし頃の思い出話に中学生、高校生はきっと引き込まれるに違いない。
特に「チビシデムシ」という項では高校二年生の時に著者が見つけた名前のわからない昆虫の事を詳しく知りたいがために、当時の昆虫分類学の大家である先生のお宅に紹介も無く押しかけて意見を求めるという話が出てくる。著者の昆虫分類に対する情熱や思い切った行動力に感心し、驚くことだろう。そして、この思い切った行動が、著者が東大理学部動物学科に進学後、さらに研究を重ねることにつながり、「ヒダカチビシデムシ」という新種の昆虫として命名されることにつながるのだ。まさに信念に勝るものはないという例なのだが、著者はこの辺りのことを難しくもなく、さらりと書いている。
この本には著者の人柄が随所に現れている。エッセイ集だからこそ、いっさい飾り気のない文章は読んでいて大変心地よい。決して身構えることなく、さらりと読んでほしい一冊である。

本を読むことが苦手な生徒はいると思います。部活を一生懸命やり、勉強もやらなければならない。本なんて読んでいる暇がない。私も学生のときはそんな言い訳をしていました。つまり本を読むのが苦手だったのです。
なぜかというと、本の厚さ、内容にまず圧倒されてしまうことがあったからです。先生たちがすすめる本はいつも難しそうなものばかり。読みはじめてもなかなか本題に入らないものもあり、「面白さ」に到達するまでに投げ出してしまいたくなるのです。夏休みの宿題で読書感想文が一番最後までてこずりました。
そんな私もある2つのことで本が結構好きになりました。1つは新聞の連載小説をいつも読むようになったこと。毎日少しずつだけど面白い。印象に残っているのは「川の光」(アニメにもなった)、「告白」(町田康)などなど(以上読売新聞)。だから皆さんにも今購読中の新聞の小説を読むことをお勧めたい。ついでに新聞を読む習慣もできますからね。
もう一つは子供に本を読むようになったこと。小学生向けだから簡単な本ばかりだけど結構感動していました。「本って面白いなあ」と心から思うようになりました。
そんな中から最近気にいった一冊を紹介します。
岩貞るみこ 作
「しっぽをなくしたイルカ」
これは「小学中級」と書いてありますが、大人でも感動です。修学旅行で訪問予定の「沖縄美ら海水族館」を舞台にした本当の話です。イルカの「フジ」が病気で尾びれをなくします。どんどん弱るフジをなんとか泳げるようにしたいという周りの人たちの奮闘が伝わります。
いろんな場面がありますが、私は特にブリジストンがかかわったところに注目しました。
よく聞く話ですが、企業は「お金儲け」のためだけに活動していると誤解している人がいます。だから中高生の頃から企業のことなんか勉強しなくていいという人が。企業は本来「社会のために役立つ仕事をする」ことが目的です。お話に出てきた社員も「フジ」への愛が強くなり、やがでブリジストンの関係会社まで巻き込んでいきます。その心がよく伝わってきました。
他にももちろん飼育係とイルカの関係、主人公である獣医とイルカの関係も、もちろん感動します。
8月16日付読売新聞夕刊でもズームアップの枠で一人の彫刻家薬師寺さんの特集が組まれていました。この方も「フジ」の協力者ですが、「フジ」と同じように筋肉が壊死(えし)する病気にかかっていることを知り、大変驚きました。「フジ」との経験をもとに、新しい夢に向かって歩んでいる姿が素敵でした。
楽しくすぐ読める本です。簡単な本です。本が苦手な人は、ぜひ読んで、皆さんも本が好きになって下さい。
早く沖縄修学旅行に行きたくなりました。

今夏対戦した高校を初日の対戦から順に記すと、下館工業、桐生一高、利府工業、幕張総合、明学東村山、和光、立命館、都立豊多摩、三郷工業、川越工業、大井、浜松湖南、名南工業、という面々でした。
4泊5日で、これだけの高校と試合を組むというのは、夏の間でなければほぼ不可能なことです。東京でこれだけのマッチメイクをしようとすれば、3ヶ月はかかってしまうでしょう。そしてまた、これだけの試合数をこなせるのも、高校生ならではのことです。
スポーツである以上、目の前の敵と戦うことはもちろんですが、スポーツの第一の目的は、まずは己の限界に挑戦し、自分に負けない心をつくることにあると考えます。これだけの試合数の中で、誰が最後まで音を上げずに生きのこるか、言うなればサバイバル・マッチになると考えていました。
しかし、ここは例年以上に、部員たちのやる気の方が勝っていたようです。広大なグランドの中で、不器用ながら懸命にプレーし、新入部員だけでいくつもトライをあげる活躍がありました。合宿2日目のゲームでは、日本学園単独の試合があり、僅差の得点差ではありながら、4戦して3勝という結果も。多少の体の故障はスポーツマンにつきものです。そのきつい体を抱えながら、つねに自分と向き合い、それでも最終日まで、ほとんど全員がフィールドに立ち続けたことは、今後の彼らの人生で大きな自信につながるものと考えます。この菅平での数日間が、きっと思い出にのこる充実した日々として、つよく心に刻まれたことが実感できました。
今年もまた、我われをあたたかく迎えてくださったホテル亀屋のご主人と女将さん。そして、きびしい菅平の夏をともに乗り越えてくれた狛江高校のみなさん。何より、いつも部員たちを気づかって休憩時間すら惜しまなかったマネージャーのみなさんに心から御礼を。そして、はるばる合宿所まで応援に駆けつけてくださった保護者のみなさんにも、心から感謝いたします。例年以上に充実した合宿となったのも、たくさんの人々のご支援・ご協力があったからこそです。日本学園一同、心からの感謝を記し、今後の秋季大会に全力でのぞむことをお約束します。

菅平に着くと、すぐさま軽食をとって準備を整え試合会場のグランドに向かいました。100面以上のラグビー場が存在する菅平では、その間の移動もこれまたバスになります。試合会場に着くと、今年はなぜか、顧問として言葉にできないような思いが胸に去来しました。
二年前に単独チームを組んで以来、こうして菅平で日本学園単独で試合ができるのは本当に久しぶりのことです。他の多くの高校にとっては、単独のチームどうしで試合ができることなど、ごく当たり前のことかもしれません。でも、我われのように少人数で、つねに合同チームを余儀なくされるような高校にとって、単独チームで動ける時間は、本当に貴重な、かけがえのない時間なのです。
二年前、まだラグビーというスポーツに出会って間もない、まだ中学生の面影を宿した部員たちが、今度は最上級生として後輩たちを率いる立場になりました。その表情には、日々きびしい練習に耐え、不器用にも熱心にラグビーに取り組んできたつよさが見えます。その成長の過程を、ごく身近な位置から目にしてきたわけですから、その表情もぐっと引き締まって見え、だいぶ大人になったように感じました。
グランドに立つと、だいぶ古びたH型のポールが見えます。ラグビー場であれば、どこにでもあるありふれたものであり、ラグビーのグランドを象徴する景物のひとつです。でも、そのHポールですら、部員たちの成長ともあいまって、今年はなぜか、本当に特別なものに見えてしまいました。
我われは、その一生の間に、それこそ限られた人間の成長しか目にすることはできません。でも、菅平のラグビー場に立つたくさんのHポールは、きびしい夏の日差しを浴び、時に厳しい雨風に打たれながら、それこそ長い長いの時の流れの中で、数えきれないほど多くのチームと、プレーヤーの成長とを見守ってきたことでしょう。
空と大地との間に立つポールには、老いたラグビーの神様が宿り、その見えにくくなった目を細めつつ、じっと誰かを見守っているかのような趣がありました。今もなお、ゆっくりと呼吸しながら、菅平とそこにいるすべての人々を、やさしく見守りつづけているにちがいありません。

例年にない猛暑。絶え間なく続く夏日の予報。もはや炎天下にスポーツする高校生にとって、これほど太陽がうらめしく感じることも、そうはないことでしょう。しかし、東京都の日常とは少しだけ環境をかえて、今年もまたラグビー合宿のメッカ、菅平高原まで足を運びました。
毎年少人数の本校ラグビー部ではありますが、今年度は部員数が16人に達し、秋の全国大会東京都予選に単独出場できることになりました。ですから、今夏の菅平がその大切な準備期間となることは言うまでもありません。
ただし、ラグビーは1チーム15人でする球技です。さすがに、本校の16人はギリギリの人数です。4泊5日で、10試合以上をこなすハードな合宿ですから、さすがに1人の故障者もでないとは言い切れません。もし早い段階で故障者が出てしまえば、予定していたゲームがすべて反故になってしまうおそれもあります。そこで、ふだんから交流をもっている高校と話し合ううちに、都立狛江高校が合宿同行に賛同してくれました。
狛江高校は、本校よりももっと少人数のチームですから、両校にとってお互いに補完しあえる、よきパートナーを得られたことになります。こうして、現在の状況では最良の状態で合宿行きのバスに乗り込むことができたのです。

伊沢元彦『仏教・神道・儒教 集中講座』
英語を学び、海外の人と話す機会も今までにありましたが、その時によく質問されるのは日本のことでした。歴史や言語、政治や経済、文化などトピックはいろい ろですが、およそ英語や世界史で学んだ知識などは興味をもちません。日本人が、海外に来ているのだから日本のことを直に聞きたいと思うのは当然のことで す。
日 本人が、どのように物事をみるか、またそれをどう感じて考えるのか。そんな日本で生まれ育ったら意識しないようなことを、何も知識が無いところから言語化 するのはとても難しいことです。海外で生活してみて初めて感じたのは、英語運用の難しさよりも日本人としてのアイデンティティーを証明することの難しさで した。(もちろん英語でも苦労しましたが。(苦笑))
さて、そこで話題にのぼったもので印象的だったのは、「日本の宗教はどんなものだ。」というものでした。(もちろん、ここで話題にするのは日本人一般のことであって、特定の宗教を信仰している方は違う場合もあります。) 「はて、大抵の日本人はお寺の住職さん(お坊さん)が お葬式をあげてくれるが、仏教の教えや戒律などは良く知らないし仏教徒と言ってもよいのだろうか。それに加えて、お正月には初詣に行くし、神道の信者でも あるのではなかろうか。」などの疑問を持ちながら、納得してもらえるように説明しましたが、相手がわかってくれたのかわからず、また私自身も自信が持てず にいました。
アイデンティティーを日本語に直すと「自己同一性」となります。これは造語なのです。つまりもともとは日本人に無かった概念を表現する上で作り出した単語です。海外で活躍したい、外国人と話してみたい、英語(外国語)を学ぶ上での動機付けはいろいろあるとは思いますが、まず自分(日本人)がなんなのかを知るのもいいと思います。この本には、そのヒントがあると思いますよ。
I suppose you cannot understand others precisely unless you understand yourself.
