過日に使用意図の「?」ともとれる動画を引用させて戴いた。止むに止まれぬ事情があってのことなのでご理解戴けたらと我が儘なお願いと陳謝を併せて致す。
それと並行するように実は2,3年生の部員は千羽鶴を作る機会に恵まれた。大きな体の男の子達が小さな折り紙と戯れる姿には、ほのぼのとした雰囲気を感じさせる。昭和生まれの拙には目を閉じてでも折れる鶴なのに、現代っ子には無理らしい。40人もいながら折れる子は片手(まずい、日本文化が廃れてしまうと少々、慌てた)。その子達を講師に据え、コート脇やステージ上で色鮮やかな鶴を和気藹々と楽しみながら折り始めた。1人25羽というノルマであるが、布施先生曰く、1分/1個のペースで作ればいいから30分で出来るでしょ? 言うは易く行うは難し・・・。バスケよりも簡単なはずなのに思わぬ苦戦を強いられる始末。(共学だと女の子が率先して仕切ってくれ、思いがけず恋が芽生えたりするんですよね、でもにちがくだから・・・) 実に色々な姿の鶴が次々と折られ4時間の死闘の末、その日は約750羽、完成した。翌日も昼食を早々に摂り、仕事に勤しむ彼等達。「おわったぁ~~」と言う声が囁かれ、延べ6時間を費やすも完成まで後、一息。1000の鶴を糸で繋げ合わせる作業はそれからたっぷり6時間を要し、出来上がったのは午後9時近く。総時間は12時間! 様々な思いを籠もったそれは、誰もが歓声を上げるほど大きく見事(?)な出来映えだった。皆、見惚れ、誇らしげな表情を浮かべる。思わずこちらの頬も緩む。
どっかの誰かが言ってました。人が誰かの「為」にという思いでする行為は「偽り」だと。それを聞いたときは成る程、などと思いましたが、思ってしまったことを恥じます。此度の彼等の姿勢を偽善などと揶揄する者がいたらバチが当たりますよ。私も仲間に入れて戴き、一緒に折りましたがいい経験をさせて戴きました。この経験から彼等が学びしことは無限大。いつか親父になった時、おじいちゃんになった時に今回のことを懐かしく思い出すでしょ。まだ見ぬ我が子や孫を膝に乗せ、やさしく語って聞かせることでしょ。きっと学び、学ぶってこういうことですよね。大事なのは何かやろうという気持ちを形で表現すること。きっかけはなんであれ皆、見事、表現し尽くせた。だから皆に大きな花丸◎あげましょう!
さぁ、いよいよ公式戦!4/29~5/5は一時も気は抜けず。新人戦の結果に唇を噛んだことは忘れてはいまい。程よい緊張と「にちがく魂」引っ提げて、本職のバスケで「心技一体」を体現、といきましょうか。天は自ら助くる者を助くって言うそうですよ!