バスケットボール部

つれづれなるままに インターハイ予選⑤final

投稿日2019/6/25

 詩人、高村光太郎は詩集「道程」で「僕の前に道はない僕の後ろに道は出来る」と謳った。自らの進む道は自分の力で切りひらいていくのだ。その歩みが「人生」という一本の道となる、と解釈されるその言葉に、血湧き肉躍らせた若者は多いだろう。

 彼等には道は出来たのだろうか。出来たのならどんな道だろう。立飛アリーナにて東京8強を賭けて都立東大和南と対戦した。ところが試合前から緊張と不安と重圧がこれでもかと彼等を襲ったようで本来の「にちがくらしさ」は無理に虚勢を張った、見ていることが痛々しいToss upになった。それを撥ね除ける程のメンタルは培って来たはずだが矢張り・・・。

 放つボールはリングに悉く嫌われ,ディフェンスもオフェンスも歯車が上手く噛み合わず、やがてファールも嵩む。敵はうちのディフェンスを長いパスの繰り返しで揺さぶり、崩しにかかる。ほんの僅かな隙を突いてシュートに持ち込む。その鮮やかなこと。うちは逼迫した情勢からやっと1ゴールを決めるもあっという間にまた決められる。点差が縮まらない。一時、8点差まで詰めるも流れを呼べず、すぐに13点差に引き戻される。曰く付きの「13」。40分の戦いは59:87(1Q 9:22  2Q 14:21  3Q 21:16  4Q 15:28)と東大和南に軍配が挙がる。4Q終盤、一矢報いるためにファールゲームに持ち込む。TFをとられ退場を命じられる選手がいた。会場から出て行くように促される場面も。でも負ける=引退という四の五の言ってられない時に、しかも高校生の試合で場外追放とは・・・。審判のジャッジに外野が横やりを入れる気はないが余りにも杓子定規なその応対に些か人情味の欠如を覚える。(でも退場覚悟にプレーはもう一つのゴールへの執念の形を見せられたような気がする。)

 敵は新人戦で辛酸を舐めさせられた瞬間から雪辱に燃えていたんだろうなと思うほどの気魄。きっとインハイ予選の組み合わせが決まった日から「にちがくぶっつぶす」が合い言葉だったに違いない。いつかの久我山のように。だから東大和南にとってはプライドと名誉回復を賭した一戦だったろう。一方、にちがく勢の気魄は如何様なものだったのか。1人+1人+1人・・・が52であったなら勝ちは、厳しい。

 

 試合前、学校で少し練習をした。体育館に近づくと不規則ながら強く床を打つ数多の音が聞こえてくる。その間隙をぬって床の擦れる小気味いい音もする。選手等は黙々とシューティングに勤しむ。多くの選手の頭は5厘刈りになっており試合への意気込みを表現している。そういえば去年も同じ光景を見た。いつの頃からか始まった恒例の仕来りを彼等もやったのか、と感慨深い思いに暫し、耽る。

 先週の明星戦が終わった頃、雨が降り出した。まるで天も喜んでくれているかのように。嬉し泣きをする天の涙は誰にも心地よかったはず。じゃ、今日の晴れ渡った空は彼等に何をもたらすのだろうか。試練か、祝福か。感動か、後悔か。試合開始まで後、4時間30分。

 

 高校バスケの集大成とも言えるインターハイ予選はBest16の成績に終わった。2年連続のインターハイ出場は叶わなかったが、誰よりも濃密な時を過ごしたことは間違いない。感涙に噎ぶ選手の胸中は様々な思いが入り乱れていることだろう。ずっと比較され、弱いんじゃね?と影で囁かれたこの代。新人戦の結果はBest7、関東予選はBest32,そして最後はBest16。このレコードの受け取り方は様々であろう。私はにちがくに赴任しまだ2年目、バスケ部に携わり漸く1年。そんな者が場違いを憚らず申し上げるが立派なもんだと思う。成績の維持ってどれ程、困難を極めるか、外野は知らない。東京で16/320校は努力と執念の賜と捉えられないだろうか。私はよく公式戦を練習や取り組む姿勢の答え合わせになぞらえる。結果は過程によって生まれるのは言うまでもない。だから外野がとやかく言うのは放っておいて今だからこそ自問自答されたし。この結果と過程の因果関係を。例え落第だとしてももう取り返しはつかないが。

 大事なのは結果も然りだが、あくまで過程。君たちはバスケやって金を稼いでいる訳ではなく、バスケを通して学んでいるのである。その学びに納得、後悔云々あろうが未来に繋げられ活かされるのならば今日に流した涙は無駄にはならず、美しきものに変わる。どうぞ後輩のために、まだ見ぬ家族のために今日の思いを大切にしなさい。そしてこれまで支えられる立場だったけれど、これからは支える側、縁の下の力持ちになりなさい。

 

 保護者の皆様、教職員、朋友の皆、にちがくバスケットの応援団の皆様、1つの時代が幕を閉じました。これまで様々な面に於いて支えて下さり、有り難うございました。厚く御礼申し上げます。結果云々に囚われず、教育者として子供達の築き、歩んできた道を真摯に受け止め、次代に繋げたく存じます。有り難うございました。

 

 末筆に先日偶然目にしたコラムを一部紹介します。文を結ぶにはどうかと思いましたが惹かれた内容だったのでご紹介します。

 〝中原中也に「帰郷」という詩がある。<柱も庭も乾いてゐる/今日は好い天気だ><これが私の故里(ふるさと)だ/さやかに風も吹いてゐる>-▼<今日は好い天気だ>といいながらも中也が故郷の光景に感じたのは安心や心地よさばかりではあるまい。詩はこう結ばれている。<あゝ おまへはなにをして来たのだと…/吹き来る風が私に云(い)ふ>。故郷の風が中也を問い詰めている〟(2019/6/18 東京新聞 筆洗)

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