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職員室リレートーク

「イヤイヤ期を乗り越えた先に」布施先生(高2担任・保健体育科)

投稿日2020/12/9

 小さい子供は、いつでも様々なヒントをくれる。

 最近、下の子が“イヤイヤ期”のど真ん中にいるようだ。一歳半を過ぎる頃に、“自我”が芽生えるらしく、自分の意志を押し通そうとしてくるらしい。子供を持つ親ならよくわかるのだろうが、これが中々な時もある。私は日々、大きな子供たちの“イヤイヤ期”と向き合ながら、最近では、かわいい小さい愛娘の“イヤイヤ期”と向き合う日々だ。妻に見せられる写真は様々で、公園から帰りたくない娘が必死で砂利の上を突っ伏して寝転がる写真、家の前でのコンクリート上で突っ伏して抵抗する娘の姿である。汚れようが何しようが、こうまでしても訴えたいほど何かが「イヤ」なようだ。まだ、さほど大きくない我が娘が突っ伏している姿は非常に愛らしく、かわいいな、と思う。しかし、その反面、その写真を眺めながら、これが大きな子供(大人)だったらどうか?と考えたりした。大人がスーパーの刺身売り場で刺身が高いことが納得いかず、突っ伏して泣きわめいていたらどうだろうか・・・。仕事がやりたくないから、嫌ですと言い、仕事をしない部下がいたらどうだろうか。間違いなく周囲は動揺し、嫌悪するのだろう。想像しただけで、なんて滑稽な・・・

 おそらく、何に対しても「イヤ」と言えるのは、“無知”ゆえの子供の特権なのではないだろうか。人は成長する過程で様々な「経験」や「知識」を手に、心身ともに大きくなり、「嫌」と思っても我慢・辛抱し、自身の感情に折り合いをつけ、自らの意志と判断で行動できるようにならなければいけないのだろう。その気持ちを抱くことが問題ではなく、その気持ちに負け、何もしない我儘になることが問題だと思う。もしかしたら、社会に属し大人になるとは、そういったことに気づいて行動力がつくことなのではないか。

 ・・・なんて考えてみたりもする今日この頃である。

 けれども、社会で生きているとそういった側面が少なからず出てくるのは確かだ。しかし、近年、「嫌」と言えず、我慢し続け、それを言えないことで壊れてしまう人がいるのもまた事実であり、そこがまた物議を醸しだすのだと思う。「嫌」なことはしっかり言わないと。この意見も、もっともだと思う。どちらが正解だとは思わないが、時に「嫌」でもやらなければならないこともあり、「嫌」なものは「嫌」と言い切ることも必要だ。もちろん、事柄にはよるだろうが・・・

 そういった、「善悪の判断」や「今の自分に必要か」、「人間関係を構築する上で」など、その場面や状況に応じて、己の判断力が形成され、やらなければならないことや、何が良いのかを考え、自分にとって有意義な選択をすることが大切なのだろうと思う。なんでもかんでも「イヤ」ばかりでは、何もやりたくないと言っているようなものであり、それでは何も起こせない上に何も無いのだ。

 それは、高校生でも同じだと思う。

 しかし・・・・・

 勉強が「イヤ」だ、走るのが「イヤ」だ、講習は「イヤ」だ、怒られるのは「イヤ」だ、受験が「イヤ」だ、テストが「イヤ」・・・このように「イヤ」ばかりの声も何とも滑稽な・・・

 それでは君たち・・・ただの我儘じゃないの。

 進路、部活、勉強、自分にとって大切なことは「嫌」でもがんばらないと。それが必ず、自分の人生を自分で歩めるような成長へとつながるのだから。ぜひとも自らのためにも、イヤイヤ期を越え、今の自分にとって必要なことに気づき全力で取り組んでほしいものだ。

 

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