中学生の国語を担当しています。クラブ活動では、三年前に立ち上げた“料理・焼き菓子同好会”の顧問をしています。ただ、コロナ禍の2年間、調理・試食の楽しい時間を過ごせず・・・。とても心苦しいですが、今は生徒の安全第一。安全活動を再開できる日が来ることを願うばかりです。せめて2年前の活動のお写真だけでも・・・。
1年生の国語の授業では、1年間かけて『竹取物語』を読む取り組みをしています。3学期が始まった今は、5人の求婚者たちを破滅させ、帝の求婚にも応じないかぐや姫、そして月へと帰っていくクライマックスへ。
幼い頃に読んでもらったこともあるかもしれません、『かぐや姫』。
ストーリーを知っている生徒がほとんどですが、原文で学ぶことで、生徒たちは新たな発見に毎時間のように感嘆の声をあげています。
「『竹取物語』はロマンチック?」「かぐや姫はあまりに冷酷な女性では?」
入学した頃は、「今は昔、竹取の、おきなという者・・・ありけり・・・野山にまじりて・・・」
たどたどしかった古文の読み方も、夏が過ぎて秋を越え、全員が自然とスムーズに読めるようになってきたのは、毎時間必ず元気に“音読”からスタートしているからでしょうか。
「5人のうち、やけに痛烈な批判を浴びている皇子がいる・・・なぜだろう?」「実在のモデルがいる?」
これまで、生徒たちのたくさんの疑問や発見で授業が進んできましたが、ここからのラストシーンでも、かぐや姫が〝月へ帰る”ことはなんとなく知ってはいても、ではそもそも“なぜ地球へ来たのか?”。
たくさんの「?」や「!」がまた飛び交う時間になりそうで、楽しみです。
英語の「Lunatic」は、ラテン語「ルーナ(月)」から派生した、「精神異常者」という意味です。もとの意味は「月に影響された」。
日本語の「月」の語源は、「尽き」だという説があります。太陽と違い、輝きが尽きる時期があり、それを時間の単位とするからです。
ブラジルでは、新生児を月光から隠し狂気から守るそうです。
世界中で昔から、狂気の源と信じられる「月」。作者はなぜ、かぐや姫を「月の人間」にしたのでしょうか。
日本最古の物語である『竹取物語』を全て原文で読んだということ、そこで知り得たたくさんの知識を自分で語れるということ、これは大きな自信になり、生涯誇れる知的財産となりますね。
日本学園では、一人ずつiPadも携えて授業を受けます。中学1年生の春は、まず「しっかり話を聞くこと」「きちんとしてノートを書くこと」を重視し、中学校生活に慣れてきましたら、少しずつiPadの活用にも慣れていきます。2学期の終わりには、一人ずつ『竹取物語』の資料をiPadで作成し、発表もしました。
こちらは、1年生が発表した資料の表紙や、スライドの一部です。
文字を打つことから練習し、文字の大きさや色を変えたり、画像を貼り付けたり。ていねいに教えますので心配しないで下さいね。そしてなにより、原文で読み、現代語訳を参考にし、調べたり考えたり。インプットしたことを自分なりにアウトプットできる、これが一番大切です。
自分で解説できるということが、それを“知っている”ということ。わかったつもりにならず、試験の点数を取るためではなく、自分の人生を豊かにするための“本物の学び”を味わわせたいと考えています。