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鉄道研究部

港のヨーコ ヨコハマ ヨコスカ

投稿日2022/7/17

2022年7月10日(日)

逗子第一運動公園・昼食・京急600形保存車両・撮影…神武寺駅―(京浜急行電鉄)―汐入駅…ドブ板通り…三笠公園・記念艦三笠・見学…横浜中央駅―(京浜急行電鉄)―久里浜駅…京浜急行廃車車両撮影…久里浜駅―(京浜急行電鉄)―横浜駅・解

京浜急行電鉄での散策の午後、逗子第一運動公園で昼食を食べ、公園に保存されている京急旧600形を撮影しました。

神武寺駅へ戻り京浜急行に乗り汐入駅へ行きました。神武寺駅の駅舎は1番線ホームの六浦方にあります。構内の踏切で2番ホームとつながっています。駅構内の踏切を渡ると2番ホームに在日米軍施設である池子住宅地区と海軍補助施設内への改札口(米海軍口)があります。この改札口はアメリカ軍の許可を受けた人しか利用できません。

神武寺駅の北側には金沢八景駅から横須賀線逗子駅へ続く総合車両製作所専用線(狭軌である1067mm)が上り線から分岐しています。専用線は金沢八景駅最寄りの総合車両製作所横浜事業所で落成した車両や事業所で改造する車両の搬出や搬入に利用され、逗子駅から全国に甲種輸送されます。

また、日本車輌製造や川崎車両などで製造された京急・京成向け車両は逗子駅まで甲種輸送され、このルートを通って京急線に入線し、標準軌の台車に交換します。汐入駅を降り、横須賀の町を散策しました。ドブ板通りを歩き、三笠公園へ行きました。

記念艦三笠を見学しました。日露戦争に関する資料が展示されていました。部員たちは、三笠から横須賀の港を眺めました。

最後に、久里浜駅から京急ファインテック久里浜事業所まで歩き、留置線に置かれている廃車車両を撮影しました。踏切でイエローハッピートレインを撮影しました。久里浜駅から横浜駅まで京浜急行の快特に乗り、横浜駅で解散しました。

 

中1B組 マイ ドブ坂通りについて

どぶ板通り(どぶいたどおり)とは、神奈川県横須賀市中心部にある全長300mほどの通り・商店街です。スカジャンの発祥地として有名。アメリカと日本の文化が融合した独特の雰囲気を持つ商店街で、市内の代表的な観光地のひとつ。第二次大戦前、この通りには道の中央にどぶ川が流れていたが、人や車の通行の邪魔になるため海軍工廠より厚い鉄板を提供してもらい、どぶ川に蓋をしたことから「どぶ板通り」と呼ばれるようになりました。その後どぶ川・鉄板ともに撤去されました。横須賀市本町1丁目・2丁目・3丁目付近の国道16号と平行して並ぶ道路一帯を「どぶ板通り」と呼びます。この一帯は150軒ほどの商店・飲食店があり、通称「どぶ板通り商店街」と呼ばれていますが、正式には「本町商店会」という名称です。第二次大戦前には大日本帝国海軍横須賀鎮守府の門前町として栄え、第二次大戦後は進駐軍・在日アメリカ軍横須賀海軍施設の兵隊向けにスーベニアショップ(土産物店)、肖像画店、バーや飲食店、テーラーショップなどが栄えました。海軍カレーやヨコスカネイビーバーガー(ご当地バーガー)などの店も立ち並びます。ベトナム戦争のころと比較すると米兵向けのバーや飲食店は数を減らし、2000年代には日本人若者向けのアパレルショップ・美容院・アクセサリーショップなども栄え、横須賀ならではのスカジャン専門店やミリタリーショップなども観光客に人気があります。アメリカと日本の文化が融合した独特の雰囲気を持つ商店街で、横須賀に縁がある有名人の手形が通りの路面に埋め込まれたり、週末にはフリーマーケットやストリートライブ、パフォーマンスが開催され、年4回開催される「どぶ板バザール」は多くの人で賑わうイベントとなりました。どぶ板通りにある建物に「HONCHO」(本町)とローマ字表示されていることから、米兵の間ではどぶ板通り一帯のことを「ホンチ」「ハンチ」などと呼ばれています。アクセス 京急本線汐入駅から徒歩3分、横須賀中央駅から三笠ビル商店街を経由して徒歩10分。JR横須賀線横須賀駅からヴェルニー公園を経由して徒歩10分。横浜横須賀道路・横須賀合いICを降り、本町山中有料道路を経由し、出口すぐそばです。

高2A組 キム 京急電鉄について

〜京急電鉄とは〜 正式名を京浜急行電鉄といい、神奈川県横浜市に本社を置く日本の大手私鉄の一つです。泉岳寺駅から三崎口駅までの路線を京急本線。京急蒲田駅で分岐し、羽田空港第1・第2ターミナル駅までの区間を空港線。京急川崎駅で分岐し、小島新田までの区間を大師線。金沢八景駅で分岐し、逗子・葉山駅までの区間を逗子線といいます。最高速度は120km/hにもなり、その速さと車体の色から「ハマの赤い稲妻」、「路地裏の超特急」などの別名を持ちます。種別は普通、エアポート急行、特急、快特、エアポート快特の5つです。

〜京急電鉄の歴史〜 京急電鉄の前身は、1899年に川崎駅から台紙駅の間で開通した大師電気鉄道です。大師電気鉄道は日本で3番目、関東に絞ると最初の電気鉄道でした。1942年太平洋戦争の影響で現在の東急電鉄と合併しましたが、1948年に現在の京王電鉄、小田急電鉄となる路線とともにそれぞれ独立し、現在までに至ります。

〜京急の特長〜 京急の特長はなんと言ってもその速さにあります。そしてそのスピードを高い安全性によってサービスのひとつとしているところも魅力です。かつ座り心地のいい椅子やクロスシートという進行方向に向いた椅子により利用者に優しい鉄道になっており、利用者や鉄道ファンから高い支持を得ています。

〜使用機材〜 京急には現在4種類の車両が走っています。スタンダードな形の1000形、少し丸みを帯びている600形、前面の白い部分に京急電鉄のマスコットキャラクター「けいきゅん」が入っている2100形、そして唯一ライトが下側にある1500形です。

1000形

600形

2100形

1500形

〜赤くない電車〜 京急電鉄は「赤い稲妻」というように、イメージカラーは赤です。しかし、京急には赤色以外のカラーリングをしている車両があります。羽田空港の空と三浦半島の海をイメージした青色の車体のブルースカイトレイン、幸せをイメージした黄色の車体のイエローハッピートレインです。

ブルースカイトレイン 使用機材は600形と2100形、600形には前面の白い部分に「BLUE SKY  TRAIN」と書かれています。

イエローハッピートレイン 使用機材は1000形のみ。幸せを運ぶ車両と言われ、今日も利用者や沿線の住民に幸せを運ぶべく、安全運転でぶっ飛ばしています。

 

中1A組 フクリ  京浜急行の快特

快特(かいとく)は、京浜急行電鉄の列車種別の一つ。「特急より停車駅が少なく目的地に速達できる列車」として京浜急行電鉄は運行しています。そして、1968年から運行を開始しました。現在の名称は1999年より使用していましたが、以前まで快速特急となっていました。なお、その後も一部の利用者の間では、「快速特急」と呼ばれたりしています。

快特で運用されている車両〜 主に快特で運用されている車両

600形 1994年に登場した都営浅草線、京成線、北総線への乗り入れを考慮した車両です。足回りは省エネルギー、省メンテナンスを図ったVVVF制御方式を採用しています。製造当初は、画期的な3扉オールクロスシートを採用しましたが、2005年からは現在のニーズにあわせ、ドア間の座席をロングシートに改造する工事が実施され、2009年からは更新工事を行い、リニューアルを図りました。<4両編成6本(24両)、8両編成8本(64両)>

2100形 2000形の後継車として登場した2扉オールクロスシート車両です。扉間のクロスシートは京急では初めての転換シートです。全出入口扉上部には車内案内表示器を採用し、連結間外幌を採用するなど、バリアフリー対策にも配慮しており、主にウィング号、快特に使用しています。VVVF装置、主電動機は海外製品を採用していましたが、機器更新の際に国産品に置換えています。<8両編成10本(80両)>

新1000形 (アルミ車) 2002年に登場した都営浅草線、京成線、北総線への乗り入れを考慮した車両です。車内は扉間がバケットタイプのロングシートで、車端部は補助イス付きのクロスシートとなっています。また、2100形と同様に海外製品を採用しています。<4両編成12本(48両)、8両編成9本(72両)>

1500形 京急電鉄で初めて交流モーターを用いたVVVF制御方式を採用した、省エネルギー、省メンテナンス車両で1990年に登場しました。<6両編成15本(90両)、8両編成5本(40両)>

京急以外の車両 

3100形 京成アクセス特急の車両

3400形 京成の車両

3050形 京成アクセス特急の車両

5500形 都営浅草線の新型車両

 

中1A組 タク 京浜急行電鉄 歴代600形

初代600形の前面

初代600形の車内 初代600形の登場時期 1953年(昭和28年)

2代目600形の前面

2代目600形の車内 2代目600系の登場時期 1956年(昭和31年)

3代目600形の前面

3代目600形の車内 3代目600形の登場時期 1994年(平成6年)

補足情報

ブルースカイトレインの前面

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