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鉄道研究部

両国駅と東京駅

投稿日2021/12/31

2021年12月29日(水)

東武浅草駅…吾妻橋…浅草駅―(都営浅草線)―蔵前駅―(都営大江戸線)―両国駅…JR両国駅・見学…両国駅―(都営大江戸線)―門前仲町駅―(都営バス)―東京駅北口…JR東京駅・散策・解散

浅草寺を散策した後、雷門で写真を撮り、東武浅草駅を眺めながら吾妻橋へ行きました。吾妻橋から、隅田川を渡る東武電車を撮影しました。次に、都営浅草線、大江戸線を乗り継いで両国駅へ行きました。

両国駅は、1904年に当時私鉄であった総武鉄道が「両国橋駅」という駅名で開業しました。東武鉄道も亀戸線を通じて両国橋駅に乗り入れるようになり、房総方面と北関東方面への都心のターミナルとなりました。1923年に起きた関東大震災では、駅舎は倒壊しなかったが、駅構内の機関車、客車、貨車が焼失しました。その後、旅客や貨物の需要が増えたので、1929年に現在供用されている西口駅舎が建設されました。1931年に「両国駅」へ改称されました。この頃、両国駅は乗降客数と収入、貨物取扱量も多く、取扱収入が、東京の鉄道駅の中では東京、上野、新宿、横浜、新橋に次いで6位、渋谷や池袋よりも収入の大きな駅でした。

2016年に西口駅舎が改装され複合飲食施設「-両国- 江戸NOREN」が開業しました。「-両国- 江戸NOREN」とは「美味しさと文化の今を江戸空間でつなぐ」をコンセプトに作られた和食の集合施設です。1929 年に建てられた歴史ある旧両国駅舎をリニューアルした外観と、館内には江戸の町屋を意識した吹抜けからなり、天ぷらや蕎麦、ちゃんこなどの和食店があります。また、吹き抜けの中央には原寸大の土俵が設置されています。

両国駅の西口には国技館と江戸東京博物館があります。大通り(国技館通り)沿いには、歴代横綱の手形を埋め込んだ力士像が少し距離を置いて9つ並んでいます。どの像も横綱の土俵入りを再現していて、像によって違うポーズをとっています。これらの横綱手形モニュメントは「歴史と文化の散歩道」環境整備事業として、日本相撲協会の協力を得て設置されたそうです。

両国駅を散策した後、都営大江戸線と都営バスを乗り継いで、本日最後の目的地、東京駅へ行きました。東京駅は、1914年に官設鉄道の新橋駅と私鉄である日本鉄道の上野駅を結ぶ高架鉄道が建設された時、その中央停車場として開業しました。中央停車場は皇居の正面に設定され、東京駅と命名されました。

東京駅の駅舎は繁華街のある東側(現在の八重洲側)ではなく、陸軍の練兵場跡地だった西側(現在の丸の内側)、皇居の正面に建設され、国家の象徴的な位置付けとなったそうです。駅舎は辰野金吾氏と葛西萬司氏が設計し、レンガと鉄筋造り、3階建ての洋式建築となりました。南北にそれぞれドーム状の屋根があり、当時は丸の内南口が乗車口、丸の内北口が降車口と分けて使用されていました。中央の玄関は皇室専用とされ、細かい装飾が施されました。

1945年5月25日、東京大空襲により赤レンガ駅舎が炎上し、内装と屋根を焼失しました。1947年に、開業当初の状態より一回り小さい形で修復されました。2007~2012年に復元工事がなされました。部員たちは、東京駅にて、特急「湘南」や山形新幹線E3系などを撮影しました。

東京駅を散策した後、鉄道研究部の課題レポートの分担を決め、それぞれ冬休み中に、今回の都内散策で見学したことについてレポートを作ることにしました。今日は天気も良く、楽しく散策できました。それでは、良いお年を。

 

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