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職員室リレートーク

「人の一生は重き荷を背負うて遠き路を行くがごとし、急ぐべからず。」石井康先生(高3担任・国語科)

投稿日2023/3/14

 「ユーミンは名曲『卒業写真』で歌った。〈人ごみに流されて 変わってゆく私を/あなたはときどき 遠くでしかって〉。あなたとは誰だろう。かつては憧れの異性のことだと思って聴いた。でも、いまは、18歳の自分だと思う。変だろうか▼旅立ちの季節である。南からの風も春の兆しか。きょうは多くの高校で卒業式が開かれ…(3/1付 朝日新聞「天声人語」より一部抜粋)

 

 今は昔、断片的な記憶ながら中学の卒業式を思い出した。といっても卒業式当日だけのことではなく、その日に至るまでの幾日か、とするのが正しいか。当時は全校生徒1500人、在校生も式に臨席し、3時間近くの厳粛を重んじた式典。しかし生徒にとっては連日の入念な練習もあり、甚だ疲れる行事であることは言うまでもない。それでも多くの保護者、来賓も来校し、厳かに挙行された(と思う。終わったら教員も脱力するんだろうな)。締めに3年生は卒業の歌として「大地賛頌」を合唱するのが母校の伝統だった。

 地元の底辺高校に進学が決まっていた私には卒業式は通過儀礼とはいえ、「だっり~」でしかなかったはず。

 しかし、どういう話しの流れでそうなったか覚えてないが、なんと大地讃頌の指揮者に抜擢されたのだ!音楽を聴くのは好きだったが音痴で芸術とは無縁の私にそんな大役は務まるはずがない!確かに3年の合唱コンクールで指揮棒を振り、優勝し、学校代表として上総地区を中心としたコンクールでも振った過去はあったけれど、どうみても人選ミスでしょ、先生とち狂っているでしょ!でもそんな私の気持ちを余所に練習は始まった。伴奏者は青堀に住むケーキ屋の娘、平野いづみちゃん。毎日ケーキ2個で釣られ、渋々、朝連が始まった。紆余曲折はあっただろうが、恋も芽生えず、ケーキの記憶しかない。

 いよいよ迎えた本番はどうだったろう?殆ど記憶がない。唯一はPTA会長が登壇し、懐から出して開いた祝辞を前に凍り付いていたことくらいかな。なんと白紙だったのだ!長い沈黙、どうしたんだろう?という雰囲気の中「・・・すみません、・・・忘れました」だけ言って降壇していった。

 とんだ茶番の後、ラストを飾る合唱に私の心境は如何に?かなり緊張していただろうな? 一世一代、伸るか反るか! 合唱コンクールは客に背を向けて部活並みに円陣組んで「最後まで声出して集中してやっていきましょ!! エイサー!」とやってれば良かったが今回は2000人近くの人を前に指揮をするのだから心臓は8ビートだったはず。いづみちゃんとアイコンタクトして心技一体、首尾良くやれたことと思うようにしている。まぁ指揮が滅茶苦茶でも伴奏さえ問題なければ問題なく進むでしょ。私の指揮なんて空気みたいなものだし。

 思い出が朧気どころか記憶にないのは寂しい限りだが、後にも先にもあの経験は石井の人生トップ10にはいるほど。あれがきっかけで、音楽業界に・・・だったら面白いのだがさして活きもせず。活かすこともできず。今思うとちょっと後悔・・・。

 

 今日のハレの日を迎え、何を思う?今は別段、感慨深くもなかろう。しかし君たちが親になった頃、今を振り返ると胸いっぱいにこの3年間が思い出されるはず。それだけ濃密な時間を過ごしてきたのだから。コロナ、6月に挙行された雨の入学式、制約だらけの日々、マスク着用が日常化、なくなった行事、やっと迎えた修学旅行、勉強、進路・・・。そういった窮屈な時間を経て、この卒業は何からの卒業を意味している。親?自分?支配?学校?

 人生100年と言われる現代。自分を高める、人生を面白くする素材は至る所に転がっている(はず)。気づくか否か、探しに行くか否か、だけ。待っているだけでは、他者を妬み、何かにつけ言い訳をするようでは応援される人生は望めない。ゆっくりとでも確実に人間味あふれる自分史を創り給え。空白の時間を作らず、必死こいて100まで生きろ。駆け足で階段を1段抜かしの人生も、立ち止まって振り返っての人生もさして変わりはしまい。だったらゆっくり丁寧確実がベターだ。死ぬ時は高校生活が走馬灯のように過ぎて、「我が人生!一片の悔いなし!!」と拳突き上げ来世へ出航できたらいいな。私も君たちと過ごした瞬間を思いながらそのうち冥途にいこうか?

 

 卒業おめでとう。心より祝福する。今日は荒井由実の「卒業写真」を聞きながら炙った烏賊を肴に1人静かにぬるめの酒でも呑もうかな。

 

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