今年の春、高校の学年主任として卒業生を送り出しましたが、4月からは中学の副担任をつとめています。高校の卒業式ですっかり大人びてたくましく成長した生徒たちの姿を見た後、中学校の入学式では初々しい、少年期に入ったばかりの生徒たちに出会ったことになります。
さて先日、芸術鑑賞教室でシルク・ドゥ・ソレイユの「アレグリア」をお台場で鑑賞しましたが、生徒たちはフラフープ、トランポリン、ブランコなどを駆使したダイナミックで演劇性の高いサーカスの妙技に感嘆していたようです。中学生高校生には若いうちに文学・音楽・美術・演劇・映画など、さまざまな芸術作品に接してほしいと思います。
私自身の思い出として、中学2年生のある日、終礼で担任の先生に「今晩、テレビで放映される映画は素晴らしい映画だからぜひ見てほしい」と言われて見たのが、黒澤明監督の『生きる』(1952年)でした。これは市役所に30年間、無遅刻・無欠勤で勤めてきた堅物の役人が、病気で自分の死期が近いことを知り、今までの人生が無意味だったのではないかと気づいて、残りの人生を本当の意味で生きようとする・・・という内容です。主人公の男が最後にたどりついた生きがいが何だったかは実際に映画を見てほしいですが、途中で主人公が死んでいきなり葬式の場面になるという構成が驚きで、後半はすでに故人となった主人公のことを残された人々が思い思いに語り合うという、ディスカッション形式のドラマになっています。
この映画を初めて見た時の私の感動は言葉で言い表せないくらいに大きく、映画とは人生についてこんなに深く考えさせるものなのかと衝撃を受けました。この時以来、数えきれないくらいたくさんの映画を見てきましたが、今でも『生きる』が私にとっては人生で最も感動した映画のNo.1です。
この名作も最近はテレビで再放送される機会も少なく、いずれは忘れられてしまうのではないかと心配していましたが、今年、イギリスを舞台にしたリメイク映画が『生きる~Living~』として日本でも上映されました。オリジナルの日本版は主演の志村喬の熱演で感情表現の激しいドラマチックな内容でしたが、イギリス版の方は感情を抑制した静謐な雰囲気がただよう作品となっていて、これはこれで感銘深い映画でした。
『生きる』は中学生高校生にはいささかテーマが重すぎるという人もいるかもしれませんが、果たしてそうでしょうか。中学2年生だった私が忘れがたい感動を受けたように、この映画はむしろ10代から20代にかけての若い人たちにこそ見てほしいと思います。残された人生をどのように生きるかという問題は、中学生高校生、働き盛りの社会人、高齢者などあらゆる世代の人々にとって共通する普遍的なテーマだからです。中高生の皆さんが、私のように一生の思い出に残る芸術作品に出会えることを願っています。