バスケットボール部

つれづれなるままに ~春休みが始まる今

投稿日2019/3/20

 --俯きかけた 貴方の前を 静かに時は流れ 巡る、巡る季節の中で 貴方は何を見つけるだろう--「季節の中で」

 3月2日に1,2年生は学年末試験を終え、当たり前の日常が戻ってきた。試験期間中は練習も2/3程度に抑え、空いた時間を勉強会に充て各自勉強。全体会を終えても個人練習ならぬ自学をする者も多く、皆9時過ぎまで励んでいた。その期間中、ほのぼのすることがあったので御紹介。1年生に教えるため午前7時から講習を行った。彼は寝坊してはいけないと早寝し、午前3時に起床し、時間まで勉強したらしい。そしていつもより早く家を出ると、日の出に遭遇したとのこと。きれいなんですね・・・、とうっとりとした様子。早起きは3文の得ですね。彼は古典の成績でこれまでにない高得点をはじきだしたことは言うまでもない。でも他の者の成績は悲喜(ひき)交々(こもごも)・・・?。

 少し遅れて3年生は9日の春麗らかな日にそれぞれの門出を家族や後輩、教師に見送られ学び舎を巣立っていった。どの生徒もかなり濃密で生涯、忘れ得ぬ時間を過ごしたことは察するに余りある。軍隊のように厳しい練習、師大浦先生の急逝(きゅうせい)、悲願のインターハイ出場、ウインターカップ予選敗退と普通ののほほんとした高校生では経験出来るようなものではなかったはずだ。3年生の未来に幸あれと祈念する。余談であるが1人、ここから1080㎞も離れた九州は福岡の大学に進学した者がいる。生水は飲むななどと古くさいことはさておき、体を大事にしろよと思う。そして向上心高く学び、いつか故郷(日学)に錦を飾って欲しいとこれも切望する。

 波乱のウインターカップ予選、1月の新人戦東京都7位と様々な感情の交錯から早くも3ヶ月以上が経とうとしている。新チームで発足が何だかずっと前に感じられる。生徒達は雪辱を果たすために4月から行われるに関東予選での4強入りを目標に掲げ、練習に励んでいることは言うまでもない。既に組み合わせも発表されにちがく初戦は4/29と後、一月余。

 これまで甲府西高(山梨)、東海大相模高(神奈川)、開志学園高(福島)、日本航空高(山梨)と都外のチームにも胸をお借りした。勝敗はともかく、チームと個人の強みと課題があぶり出しの模様のように浮き彫りになった。鉄壁のディフェンスは相変わらず健在ではあるが、高さがない分インサイドが弱い。相手のミスをついてのブレイクはふとよぎる躊躇(ためら)いにシュートまで持って行けず、ファーストチャンスをモノに出来ないことも。はたで見ていて思うことは、3年生は良くも悪くも個性派揃いでその個性を皆が共有と活用を怠らなかった。「俺が、俺が」と独りよがりなプレーばかりであったならあのような結果は残さなかったろう。ところが一擲(いちてき)乾坤(けんこん)を賭(と)す場面ではそれぞれの長所が活かされ、それぞれが職人並みに仕事をした。小憎らしいほどに。

 一方、現役はキラリと輝くもので勝負ではなく、全員バスケでプレーをしていると窺える。全員で声を出しコミュニケーションをはかり、守り、ボールを捌(さば)き、追い、放ちといった次第で一生懸命且つ、必死すぎる故に手を抜くことを知らない。緩急によってゲームを上手に支配できていないという感じ。常に緊張感に覆われた状態でプレーしているため、ふっと息継ぎをした瞬間が敵にとってはチャンスの瞬間に変わる。虚につけ込まれたというのは大袈裟だが、余裕の無さと背負うプレッシャーや使命感などが視野を狭くしてはいまいか。全員でバスケをしているのだからもっと自身を持って伸びやかであってもいいはずなのに、それが出来ないのは実に勿体ない。素直で一生懸命、でも甚だ不器用すぎる。環境とは良くも悪くも影響を与える。留学生がいない、サイズが相手よりも劣っていると挙げていたらきりがない。逆に優っていることを探し、それを起爆剤にしたい。日学(うち)の武器は何なの?ディフェンスだろ?スピードだろ?そして泥臭いプレーが引き起こす執念深さだろ?・・・隣の芝生は青いとはよく言ったもんだ。

 先日、チームに春雨とは言い難いほど激しく冷たい雨が降った。連日、かなりの時間をかけ本音を吐露するミーティングを経て、地盤固まる出来事があった。文字数の関係で詳しくは記せないがこの出来事によってチームが少しまとまった気がする。

 布施先生の指導方針に「頑張っている者を評価したい」とある。それは何もプレー面のみならず雰囲気作りや率先した行動なども指す。このところ傍で見ていると、蜻蛉(とんぼ)の眼鏡(めがね)のような視野を持つ布施先生の目にとまったり、コーチの推薦もあって幾人もの選手が表舞台に立っている。親心のようなもんでちょっと嬉しい面持ちで見てしまう。だがチャンスをそこからどう活かすかは各々の立ち居振る舞いにかかっている。布施先生の期待に応え、チームに貢献出来たら大きな自信になろう。逆の場合は要努力。求められていることを自他の中から見つけるべし。

 ところで「愛」の対義語って知っているか?「無関心」なんだよ。無視されたことある?存在否定されて見放されたらどんな気持ちになる?怒られているうちが花なんてよく言うけれど例え、叱責されてもそれは、愛情表現の1つでもあると捉えられたら気も楽になりますよ。だから布施先生やチームメートの言葉に苛苛(いらいら)、落ち込みは禁物。その言葉を咀嚼してみたら必ずや、言葉の本質に辿り着くものさ。

 春休みは実に忙しい。遠征続きで心身の休まる暇も無いかもしれないし、頭も追いつかないかもしれない。だが欲張るな。この遠征で、試合で、今日は、何を見つけるかは1つに絞れ。あれもこれもと欲張ると虻(あぶ)蜂(はち)取らずに終わる。1つ課題を達成したらまた1つと、点の積み重ねは線(直線→曲線)となり、やがて蜘蛛の巣のような放射線状になる。何処を引っ張っても木霊(こだま)するチームを作り上げよ。

 

「月日は百代(はくたい)の過(か)客(かく)にして、行き交ふ年もまた旅人なり。」と松尾芭蕉は呟きました。私は既に齢40をとっくに越え、日々の充実を時間の早さによって感じています。子供の頃に比べ、1年の過ぎることの早いこと早いこと。昔、聞きました。1歳の赤ん坊にとって1年は365日/1歳になり、10歳の子供には365日/10歳となるそうです。となると365日/40歳は・・・?松尾芭蕉に言われずとも1日、1日を無為に生きていたらとんでもないことになりそうです。でも毎日、にちがく勢を見ていたら年取ったなぁとぼやいている暇も無いほどです。たまに生徒に言われます、「せんせい、ひま~?」   わたしは学校に仕事に来ているのです!そしてひまなんて瞬間は未来(みらい)永劫(えいごう)訪れてきません!兼好法師の「つれづれなるままに」から拝借してこの文章のタイトルをつけました。〝ひますぎて、なんもすることがなくて心がおかしくなっちゃう!〟ではないのです本当の意味は。〝何かしたい、しなければならないのだけれども出来ずにいる無力な自分をもどかしく恨めしく思う心の有り様〟がそれなんです。 にちがく勢よ、この春は大いに多くの人々の心を揺さぶり、暇とは無縁の状態に導いてくれ。

 

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