職員室

「見義明決者」 水野重均校長

投稿日2019/1/8

 年の瀬から新年になると、いつも日本人と宗教について考えずにはいられません。

 12月25日はクリスマス。これはキリストの降誕祭です。街中が華やかなクリスマスムードに覆われ、子供達もプレゼントを楽しみに過ごしています。諸君の中にもクリスマスを楽しんだ人も多いのではないでしょうか。

                            (写真は吹奏楽部クリスマスコンサートの様子)

ところが、クリスマスが終るやいなや、街の雰囲気はガラッと年末の準備へと変わります。大晦日には、年越し蕎麦を食べながら遠くに除夜の鐘を聞き、心静かに一年を振り返ります。人によっては、お寺で除夜の鐘を打って一年間の厄を祓い、その足で神社へ向かって初詣、拍手を打って一年の幸を願います。たった1週間の間に3度も宗旨替えをするのですからたいしたものです。

 また、そればかりではありません。宗教行事とのかかわりは人の一生を振り返ってもまだまだあります。生まれると一月ほどでお宮参り、5歳にもなれば七五三で神社へ詣で、結婚する時には、祝詞を奏上してもらう人もいれば、教会で愛を誓う人もいます。そして人生の終焉では、お寺で葬儀を執り行い戒名をもらって永遠の眠りについていきます。

 勿論、明確な宗教を持った人もいて、一概にこのようになるとは言えませんが、多くの人がたどるパターンのようにも思えます。

 では一体宗教とは何なのでしょう。宗教には、それぞれの教義があり、語り始めれば大作が書けてしまうほど深淵で難解なものですが、ここでひとつ興味深い話があります。

 それは新渡戸稲造がドイツに留学していた時の話です。その折、彼の師であるラヴェレー教授に「宗教なしに、日本ではどのように道徳を教えているのか」と質問され、その答えに窮したそうです。欧米では聖書を中心とした宗教教育で道徳を教えているが日本では一部の学校を除いて宗教教育を行っていません。その代りに自分を育てたのは何であったのか10年もの間、彼は考え続けました。その結果、物事の善悪を身に着けたのは日本人の心にずっと受け継がれてきた美徳、つまり「武士道」との結論に至り、それをまとめた「武士道」という本を書きました。これは当時の西欧諸国でアジアの小国である日本を知るためのベストセラーにもなった本です。

 ところでみなさんは「武士」というとどんな人を思い浮かべるでしょう。当初は戦いの専門集団でした。それが、やがて江戸時代になると戦うことよりも学問をして徳を積むことが大切になってきます。当時の日本社会で武士は人々に尊敬されることで権力を保ち社会を支配していました。つまり教養と武術の両方を兼ね備えていることが必須だったのです。さらに武士は学んだことを実践しなければならず、道徳の規範となる「義」を重んじ実践しています。これは明確な宗教観のある西洋の騎士道にも通じるもので、ヨーロッパでは「高い身分の者にともなう義務」を「ノンブレス・オブリージュ」と呼び、「貴族や上に立つ人は、一般の人々の生命と財産を守る義務を負う」に合い通じるものです。洋の東西を問わず、同じような哲学を持っていたということになります。

 さて「義」という文字、どこかで見たことがありませんか。
そうです日学の玄関ホールにある壁面訓の「身心清潔 見義明決者 得称大日本人」の中にあります。「身も心も清らかで、筋道の通った正しい行いをし、世界の人とも交わって恥ずかしくない人物となれ」と杉浦先生は教えています。「義」は筋道の通った正しい行いと言ってもよいでしょう。

 その「筋道の通った正しい行い」を実践するためには、古今東西のことを広く学び、また今の社会もしっかりと見据えなければなりません。さらに自分が思う「正しい行い」が相手の「正しい行い」と一致していればよいのですが、自分の「正しい行い」と相手の「正しい行い」がちがう場合もありえます。ですから常に「自分よがりの正しい行い」ではなく、「社会の一員として正しいか」という、もう一つ離れたところから自分を見ることが大事になります。それが「義を見て明決する」ということに繋がってきます。

 家族との関係、友人との関係、社会との関係、そして国と国との関係など常に広い視野を持って「正しさ」を考え判断し、実践して世界に役立つ人になるよう、日々の学びを深めて欲しいと願っています。

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