春休みのある日、テレビはイチローの引退を告げていました。その時のイチローが引退会見で述べていたことが心に残っています。
イチローは記者会見の席で次の様な話をしています。「結果を残すために、自分なりに重ねてきたこと。人よりも頑張ったということはとても言えないですが、そんなことは全く無いですけども、自分なりに頑張ってきたということは、はっきり言えるので。これを重ねてきて、重ねることでしか、後悔を生まないということはできないのではないかなというふうに思います」
さて、この話を聞いた時に、あなたはイチローは「努力の人」と思うのでしょうか、それとも「一生懸命に取り組む人」だと思うのでしょうか。
一生懸命も努力も同じように見えますが、私はちょっと違うように感じています。一生懸命には、自分のやりたいことや好きなことに向って突き進んで行くことであり、努力は目標に向って歯を食いしばりながらやるような感じがしています。
イチロー選手は数々の記録を残しています。イチロー選手にとって、記録達成が目標でなかったということはないでしょうが、目標を達成するために努力して頑張っていたかというと少し違う気がします。彼の中では、自分が野球が好きで、いいプレーをしたかったから一生懸命に頑張っていて、その結果として記録を樹立することができたのだと思います。つまり、他者との比較や、他者からの圧力で頑張ったのではなく、自ら湧き上がってくる理想の姿に向って一生懸命頑張っての結果だと思います。これが「人よりも頑張ったとはとても言えない」という言葉から読み取れます。
また同じ会見で、記者から「テレビを通じて子どもたちが見ていると思います。子どもたちへメッセージを」との質問がありました。それに対してイチロー選手は「野球だけでなくても良いんですよね、始めるものは。自分が熱中できるもの、夢中になれるものをみつけられれば、それに向かってエネルギーを注げるので。そういうものを早く見つけて欲しいなと思います。それが見つかれば、自分の前に立ちはだかる壁に向かっていける。向かうことができると思います。それが見つからないと、壁が出てくると諦めてしまうということがあると思うので。色々なことにトライして、自分に向くか向かないかというよりも、自分が好きなものを見つけてほしいなと思います。」と答えています。
私は、これを聞いた時に杉浦先生の「人は得意な道で成長すればいい」を思い浮かべました。大きなことをなした人が、中学生・高校生の年頃に「学んで欲しい」、「体得して欲しい」、「大事なことは」というのは、まさに「自分の好きなことを見つける、得意なことを見つける」なのだと感じたのです。
ところが「自分の好きなことや得意なことを見つける」と一言で片付けてしまうのは簡単なのですが、実はなかなか難しいことなのです。ならば、どうやってそれを見つけるのでしょう。
簡単な答えはありません。けれども、それを見つける一つの方法はあります。それは何か特別なことをするのではなく、まずは人の真似をすることから始めるのです。徹底的に真似をして、その中で自分に合っているかどうかを考えていくのです。そして自分の好きなことや得意なことがおぼろげながらでもわかってきたら、自分のやりたい問題や課題に対して、常に「自分で考えること」を習慣づけます。さらに考えることから逃げないことです。自分で考えると他の人と違う考えになることが多くなってきます。そうすることで個性が生まれ、突き詰めて考えることで豊かな創造性が育まれます。そして、そのような過程を経ることで、ただ「ゲームが好き」とか「運動が好き」といったレベルではなく、本当の意味での「何が自分の好きなことなのか、得意なことなのか」が見えてきます。
新学期が始まります。「人は得意な道で成長すればよい」の教えにある「得意」を見つけるために、勉学に真剣に取り組み「知識の質」を高め、創発学の力で「探究心を磨き」、この一年間を一生懸命に過ごして欲しいと願っています。