少し前のことになりますが、7月の半ば、中学1年生は静岡県沼津市で漁業体験を行いました。これは1年生にとって中学初の宿泊行事でした。生徒たちは内浦漁協を見学したり、漁師さんたちと一緒にカゴ漁や海釣りを体験したりしましたが、生徒たちが積極的に漁師さんに漁業のことについて質問している姿が印象に残りました。都会で生活する子供たちは、なかなか農林漁業といった第一次産業の現場に接する機会がありません。実際に海辺の町で漁業の現場を学んだことは、生徒たちにとって貴重な体験になったと思います。
現在、生徒たちは日学祭の研究発表に向けて、漁業体験におけるフィールドワークの成果を班ごとにまとめていますが、どんな研究発表になるのか今から楽しみです。
さて、沼津市は伊豆半島の西側のつけ根にありますが、伊豆は自然だけでなく歴史や文化も豊かな場所で、鎌倉幕府を開いた源頼朝や、幕末に黒船で来航したペリーゆかりの地であり、韮山には世界遺産となった反射炉もあります。伊豆を舞台とした文学作品も書かれており、中でも川端康成の『伊豆の踊子』が有名ですが、私が子供の頃に読んだ井上靖の『しろばんば』もその一つです。
『しろばんば』は伊豆の湯ヶ島という村を舞台に、おぬい婆さんと土蔵で暮らす洪作という少年の成長を描いた物語です。この小説には伊豆地方の自然や人情や風俗が生き生きと描かれており、子供の頃にこの作品を読んだ私にとって伊豆の地は、あたかも自分の生まれ故郷であるかのように身近に感じられています。山間の村で生まれ育った洪作少年が沼津市の親戚の家に遊びに行った時、生まれて初めて海を見たため感動のあまり大声で叫んだ姿を親戚の女の子があきれて見ていたという場面は、今でもよく覚えています。
また『しろばんば』には偶然のことながら、今回の漁業体験で生徒たちが訪ねた場所がよく出てきます。生徒たちが泊まったホテルは伊豆の国市の長岡にあり、最終日には三津公会堂で生徒たちがカゴ漁に関するプレゼンテーションを行ったのですが、『しろばんば』では洪作が長岡から三津へと海を見降ろす坂道を歩いてゆく場面があります。その時、海辺にある三津の町を見降ろして、洪作は次のような感慨を抱きます。
「洪作は今まで彼が知っている場所では、ここが一番美しいところではないかと思った。あるいは日本で一番美しいところかも知れない。めったにこれほど美しい景色を持っている場所はないだろうと思った。」
生徒たちも洪作が見たのと同じ風景を見ていたはずですが、どのように感じたでしょうか。今回の漁業体験をきっかけに、その漁業を育んだ伊豆の自然や歴史にも関心を持つようになってほしいと願っています。